GLAYが解散危機を乗り越え今も存続出来ている理由

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車の運転中、大体ラジオを聞いているのですが、
最近GLAYを耳にする機会がとても多いです。

曲が流れるのはもちろんのこと、
番組ゲストにGLAYのメンバーがしょっちゅう登場します。

そこでTAKUROさんが語った感動秘話が良かったので思い出しながら書きます。

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GLAYとは

若者は知らないでしょうが、音楽シーンが一番盛り上がった1990年代に大ブレイクしたグループです。
当時ビジュアル系バンドが星の数ほど存在しましたが、その中でトップ3に入ります。
日本における歴代CDアルバム売り上げ枚数第3位の記録持ち

メンバーは TAKURO(ギター)TERU(ボーカル)HISASHI(ギター)JIRO(ベース)。ドラムは居ない。

代表曲

GLAY / HOWEVER

当時、必ずHOWEVERを聞いてから寝る人が続出しました。

PVも90年代の風景が映っていて、
あの頃は良かった
と感情を揺さぶられるPVになっています。

GLAY / サバイバル

CDではなくVHSで発売された曲
私はこれを買いました
これも当時の日本が見られます。
・コギャル
・たまごっち
・グレる若者
当時として珍しいCGを多用したアニメで予算がかかっているように見えます。

GLAYの苦悩

1999年のGLAYは、
CDを出せばミリオンセラー、ライブは20万人集まったのに
その年末には解散の話が出ていて山あり谷ありの年だったそうです。

時代が移り変わる中で
自分たちの足で歩き始めないといけないと決心し2005年に独立

でも正しく年を取っているとTAKUROさんは言います

20代で決断しなきゃいけないこと、
30代で決断しなきゃいけないこと

なにかしら理由があり、タイミングがきて、悩み、
出した答えを信じて
それが正解だって思えるように生きていこうと。

JIROさんは今が一番バンドが楽しいと言ってくれて
TAKUROさんはとても嬉しかったそうです。

音楽業界の良いところだけではなく
大変な事も多くしんどかったと思うので、
同じ仲間としては一個ずつ辛さを取り除いてあげたいと思っていたとのこと

それで喜んでくれたという結果を出せたのが嬉しかったそうです。

解散危機

20万人ライブを成功させたら

「次は25万人ですか?」

CDを100万枚売ったら

「次は150万」

というプレッシャーがあったそうです。


でも1番の原因は
トップでいるということは、
良いこと50食べたら、悪い事も50飲み干さなきゃいけない場面で
TERUさんは100%ピュアでいたかった


意味は察してほしいとのこと。


GLAYさえ出来れば良いじゃん
信念なんかなんぼだって曲げたって。

TAKUROさんの幸せは1つだけで、GLAYが出来ればそれでよかった。

でもTERUさんはこう言いました。

それは売れてようが売れていまいがどっちでもよかった
そんなのは耐えられる
でも、純度の高いGLAYでありたかった・・

業界の見たくない部分をTERUさんが見た時に、
そんなんだったらGLAYを辞めると言ったそうです。

TAKUROさんは

そうだ確かにそうだ。お前の生き方はそうかもしれないと言い、受け入れました。


じゃあ解散すっか

その流れで12月31日を迎えましたが、
翌年の新年会で、

なんか、盛り上がっちゃったそうです

「どうすんの?」
「ソロでもやろうかな」
「TAKURO、曲書いてくれる?」

HISASHI「俺ギター弾くよ」

「じゃあJIROもやれば?」


・・・・それGLAYじゃね?



こうして解散は免れたという冗談のような本当の話があったそうです。

じゃあGLAYでいいし、ここからはロックへの憧れではなく、
GLAYという生き方をみんなで選ぼうかとなったそうです。

なぜ25年続けられたか

DAIGO「GLAYって山の頂点にいるじゃないですか

TAKURO「違う違う」

DAIGO「頂点って酸素が薄くなるじゃないですかそれって辛くないですか?

TAKURO「 心に決めたことがあるのなら続けた方がいいと思う。 長くやってると、DAIGO君のように、大丈夫すかーーー!って酸素を持ってきてくれる人が現れる。 どんな場面でも。どんな職種でも。 」


GLAY / BEAUTIFUL DREAMER
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